バクテリオファージとは?ハーシーとチェイスの大腸菌を使用した実験をわかりやすく解説
遺伝子はDNAによって決まっているということは、現在では周知の事実です。
しかし、この遺伝子の正体がわからなかった頃、科学者たちの間では、遺伝子の正体について非常に活発な議論が交わされていました。
この、遺伝子の正体がDNAだということに終止符を打ったのが、ハーシーとチェイスのバクテリオファージと大腸菌を使用した実験です。
バクテリオファージという言葉、聞きなれないですよね。
彼らの実験は非常にうまく設計されていますが、それゆえに知識を整理していないと、とても難しく聞こえるのもまた事実です。
今回は、バクテリオファージとハーシーとチェイスのバクテリオファージと大腸菌を使用した実験について詳しく解説していきます。
1.バクテリオファージとは?
バクテリオファージとは、細菌宿主として増殖する細菌ウイルスの総称で、ファージと呼ばれることもあります。この細菌ウィルスは、1915年にイギリスのトゥウォート(Frederic Twort)によって発見されています。
バクテリオファージは、モデル生物として、生物学や医学の業界にかなり革新をもたらしました。
ファージが発見される以前は生きた細胞の中で増殖するウイルスしか知られておらず、組織培養の技術も確立されていなかったため、ウイルスの研究は簡単ではありませんでした。その点、バクテリオファージは培養しやすい細菌を宿主として増殖するため、実体がつかみにくかったウイルスの研究が大きく前進しました。
ウイルスのなかでは、感染・増殖の機構が最もよくわかっているのがこのバクテリオファージなので、生命現象解明のモデルとしても用いられています。
発見以来、その後多くの科学者がファージを抗菌剤としてファージセラピーをするべく用いようと試みていました。
しかし、1929年にペニシリンを発見したことによって、抗菌剤としての地位を抗生物質に明け渡すことになったことでも有名です。
では、なぜ当時の科学者たちはバクテリオファージで抗菌剤を作ろうと思ったのでしょうか。
その理由は、バクテリオファージの変わった増殖方法にあります。
先に説明したように、バクテリオファージは細菌を宿主にして増殖するウイルスです。
ひとたびバクテリオファージが細菌の表面に吸着すると、細菌内部にバクテリオファージの核酸(ファージ核酸)が注入され、細菌固有の核酸の機能が阻害されるようになります。
その後、一定の潜伏期 (約 10分) を経て、ファージ核酸とその他のファージ構成成分が次々に再生されます。
感染後 20~40分経過すると、 100~200個の新生ファージが出現し、その宿主細菌が崩壊してファージ粒子が放出されます。
その結果、その周囲にある細菌細胞に吸着して増殖をくり返します。
この増殖過程で、バクテリオファージの増殖が宿主細菌に対し、溶菌と呼ばれる現象を引き起こします。
溶菌とは、細菌の細胞が細胞壁の崩壊を伴って破壊され、死滅する現象を意味し、細菌の細胞が死細胞を残さず、溶けたように消滅することからこの名がついたとされています。この現象は哺乳類の血液中で抗原抗体反応によって細菌細胞が崩壊する現象として発見され、その後バクテリオファージによる溶菌現象が報告されています。
バクテリオファージという名前は、まさにこの溶菌という現象からとられていて、バクテリオファージが感染した宿主細菌は溶菌という現象を起し、死細胞を残さないことから、細菌が食べ尽くされるかのように死滅するように見えるため、これにちなんで「細菌(bacteria)を食べるもの(ギリシア語:phagos)」を表す「バクテリオファージ(bacteriophage)」という名がつけられました。
2.バクテリオファージを利用したハーシーとチェイスの実験
冒頭にも説明したように、遺伝子の正体が何であるか、これが多くの科学者を悩ませていた時代がありました。
その時、多くの科学者は
仮説1:遺伝子の正体はタンパク質である。
仮説2:遺伝子の正体はDNAである。
と2つの仮説で論争していました。
これに終止符を打ったのが、ハーシーとチェイスの大腸菌を使用した実験です。
実験の説明に入る前に、仮説1と2を検証するにはどうすればよいのか考えてみましょう。
タンパク質とDNAの特性と、彼らが使用したバクテリオファージの性質がかなりヒントとなっています。
この二つの仮説を検証するには、細胞Aの集団と、細胞Aの遺伝子を変化させるような仕組みを使った後の細胞A’の集団の比較をすることが必要となってきます。
しかし、多くの場合、細胞A内部で遺伝子変化を起こすと、DNAもタンパク質も変化します。その結果と、どちらが遺伝子の正体であるかが分からないという状態に陥り、当時の科学者たちは2つの仮説に分かれていたのです。
そんな中、「内部で変化させると両方変化するなら、外的要因を使えばいい」と、マリーアントワネット的な発想で行った実験が、ハーシーとチェイスの実験です。
DNAとタンパク質にラベルをして、バクテリオファージを使って細胞内に注入し、その細胞を解析したことで、遺伝子の正体がDNAであることが明らかになりました。
現在ほど研究技術が発達していなかったため、外から人工的にラベルしたタンパクやDNAを人工的に注入し、細胞を解析するというような実験デザインができない中このような実験プランを思いつくとは実に華麗です。
さて、実際の工程とその解説に入っていきましょう。
1.DNAとタンパク質に放射性同位体を用いて目印をつける。・DNA(C,H,O,N,P)を 放射性同位体32Pで標識
・タンパク質(C,H,O,N,S)を 放射性同位体35Sで標識
2.1を大腸菌に感染させる。
3.2の溶液を撹拌し、T2ファージと大腸菌を離す。
4.3の溶液を遠心分離にかけ、上澄み(T2ファージの殻)と沈殿(大腸菌)に分ける。
この結果、沈殿(大腸菌)から DNAの目印である放射性同位体32Pが検出されました。
つまり、「大腸菌内に入っている物質=子孫をつくるもとになる物質=遺伝子」はDNAであるということが言えます。
実験解説
T2ファージとは、バクテリオファージの一種です。
バクテリオファージは自身の遺伝情報を細菌内に注入して増殖するため、T2ファージの遺伝情報は大腸菌に内に注入されると考えられます。
ここで、この論争の渦中のタンパク質とDNAをそれぞれ別の放射線同位体でラベルすることで、後で、回収してきた大腸菌内にあるラベルを見れば、DNAとタンパク質のどちらが遺伝子の正体であるかを突き止めることができるのです。
3.バクテリオファージまとめ
今回は、バクテリオファージとハーシーとチェイスのバクテリオファージと大腸菌を使用した実験について詳しく解説していきました。
実験範囲は、苦手な人が多い分野です。しかし、ややこしいように見える実験もそれぞれの工程の目的を理解していくことで、シンプルに見えていきますよ。
この記事を活用して、ぜひ得意分野にしてください。