コンプトン効果とは?X線の粒子性を示す散乱【高校物理】
X線は光に対して不透明な物質でも透過します。波長を一定にして実験すると、密度の高い物質よりも低い物質の方が透過しやすいことがわかります。また、物質を変えずに実験すると、波長が短いほど透過しやすいこともわかります。
さらに、X線は電場や磁場を通るときは光と同じようにまっすぐ進みますし、結晶を使った実験で「回折」や「干渉」という波に特有の性質を示します。
こうした実験結果から、かつてX線には波の性質、すなわち波動性があると考えられていました。これに対して、光と同じように粒子としての振る舞いを示す性質、すなわち粒子性があることをはっきりと知らしめたのが、「コンプトン効果」の発見でした。
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1.コンプトン効果とは
X線は物質を透過するときにその一部の進路が変わります。これを「散乱」と呼びます。薄雲を通して見える太陽や月がぼんやりしているのは、光の散乱の一例です。雲で散乱された光は波長が変わりませんが、物質で散乱されたX線は波長が元の波長より長くなることがあります。
このように散乱X線の波長が伸びる現象を、「コンプトン効果」と呼びます。
2.コンプトン効果をX線の粒子性で説明する
波のエネルギーは波長に反比例することが知られています。したがって、波長が伸びたX線のエネルギーは元のエネルギーよりも小さくなっています。すべてのエネルギーは保存されますから、X線が失ったエネルギーは、散乱が起きたときに別の何かに移ったと考えられます。コンプトンはその相手として物質中の電子を考えました。そして、光電効果で光を粒子と考えたように、X線が粒子であるとしました。
つまり、X線の散乱を2つの粒子の衝突として捉えたのです。そして、この衝突を完全弾性衝突であるとしました。
そうすると、力学的エネルギー保存の法則と運動量保存の法則が成り立ちます。
以下、それぞれの保存則を考えて、波長の伸びを導き出してみましょう。
X線と電子の持つ力学的エネルギーEと運動量p
力学的エネルギー保存の法則を適用する
X線のエネルギーEは、光子と同じように、波動性を特徴づける波長λ、または振動数vを用いて表すことができます。光の速さをcとすると c=vλ が成り立つので
となります。ここで、hはプランク定数です。
散乱前後のX線の波長をそれぞれλ,λ’、電子の質量をm、散乱前後の電子の速さをそれぞれ0,v とすると、力学的エネルギー保存の法則は次のようになります。
・・・①
λが与えられるとλ’とvの関係がわかります。
運動量保存の法則を適用する
X線の運動量pは光子と同じように
と表されます。この式を導くには、物質の静止エネルギーE=mc² を導くのと同様に特殊相対性理論が必要です。誤った例として、X線に質量がないことを無視してmc²=hvとおくと mc=hv/c となり、mcは質量と速度の積だから運動量の単位になっているので、hv/cがX線の運動量だとする説明があります。しかし、質量を考えられない上に、光速度で運動し続けて静止することがないのに、そのエネルギーと静止エネルギーが等しいと置いて解いているので、この説明は二重に誤っています。
E=mc² をそのまま覚えるのと同様に、p= hv/c = h/λ なのだと覚えておきましょう。
さて、X線が入射する向きにx軸をとり、これに垂直にy軸をとりましょう。X線と電子が飛び去る方向をx軸となす角度で表して、それぞれ θ, φ とします。すると、運動量保存の法則は次のようになります。
x方向:
・・・②
y方向:
・・・③
この2つの式からφを消去すると、λが与えられたとき、λ’とv,θの関係がわかります。力学的エネルギー保存の法則からはλ’とvの関係がわかりますから、それを使ってvを消去すれば、λ’とθの関係がわかります。どちらも実験で測定できる量ですから、コンプトンの説明の成否を実験で検証できることになります。
X軸方向の運動量保存則
Y軸方向の運動量保存則
以下、ここまで導いた3つの式から、波長の伸びとしてλ’とθを結びつける式を求めてみましょう。
3.波長の伸びを計算する
①,②,③式からvとφを消去します。vはmvの形にしておくと扱いやすいので、mvの形を崩さずに計算しましょう。また、φはsinφ,cosφの形で含まれるので、sin²φ+cos²φ=1を利用することを念頭に置きます。
まず、力学的エネルギー保存の法則の式①から、
となるので、両辺に2mを掛けて次の式が得られます。
・・・④
次に②式から
・・・⑤
③式から
・・・⑥
となるので、⑤,⑥式をそれぞれ2乗して加え、sin²φ+cos²φ = 1 を適用します。
・・・⑦
ここで、④式に 1/λ-1/λ’ が出てきているので、同じ形が出るように⑦式を変形します。
・・・⑧
④,⑧式はどちらも (mv)² を表す式ですから、
と書いてvを消去することができます。上式の両辺を2mhcで割ると
となり、これを1/λ-1/λ’ = (λ’-λ)/λλ’(波長の伸びλ’-λを含む形)を使って整理すると、
・・・⑨
となります。ここで、
は、波長の伸びが小さくて λ’≒λ のとき λ’/λ+λ/λ’ ≒ 2 となるので、ほぼ0です。これに対して、θがさまざまな値をとるので、1-cosθを小さいとみなすことはできません。よって、1-cosθを残して、⑨式を
・・・⑩
と書くことができます。
これが、コンプトン効果の波長の伸びを表す式です。波長の伸びは角度θ(散乱角)のみで決まることがわかります。
この式と実験結果はよく一致しました。すなわち、コンプトンが仮定したX線の粒子性が肯定的に検証されたのです。
4. 練習問題
例題を1つ、問題を2つ用意しました。
例題:波長の伸びについて⑩式からわかること
⑩式からは波長の伸びが散乱角θのみで決まることが読み取れました。
もうひとつわかることがあります。それは何でしょう。(ヒント:波長に関わる量で式に出てくるのは波長の伸びだけです。)
答えは、「波長の伸びはX線の波長によらない」です。どんな波長のX線でも波長の伸びは同じで、散乱角θのみで決まるのです。
物理では式(結果)を導いたらそれでおしまいではなく、その式が語っていることを読み取ってはじめて物の理(ことわり)を理解したことになります。直感を養うことにもなるので、得られた式の意味を考えることを習慣にしておきましょう。
問題1:コンプトン効果の式を導く
コンプトン効果で波長の伸びを表す式を導いてください。
問題1解答
本文参照。
問題2:電子の速度を求める
波長2.2×10-10mのX線を物質に入射させたところ、波長が1.0×10-12m伸びた透過X線が観測されました。このとき、弾き飛ばされた電子の速さは何m/sでしょうか。
ここで、電子の質量を9.1×10-31kg、プランク定数を6.6×10-34J・s、光の速さを3.0×108m/sとします。
問題2解答
④式から
となるので、1/λ-1/λ’ = (λ’-λ)/λλ’として与えられた数値を入れると、
おわりに
コンプトンの理論が出た翌年、ド・ブロイが物質には波が伴うことを提唱し、物質波という概念が登場しました。そこでは、質量m、速度vの物質には、p=mvとして、波長λ=h/pの波が伴うとされたのです。これをp=h/λと書き換えて、質量とは無関係に、これが電磁波の粒子性を示す運動量であると見なすと、コンプトンが用いたX線の運動量が得られます。ただし、ド・ブロイの提唱の基礎には特殊相対性理論の式があるので、根底から理解するには特殊相対性理論を学ぶ必要があります。